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どんな人にPICSIは適していますか?~胚培養士が解説~#3

こんにちは楠原ウィメンズクリニック培養室です。
「精子の“質”ってどう評価されているの?」「前回うまくいかなかったのはなぜ?」
そんな疑問を感じている方もいらっしゃるかもしれません。
前回のブログでは、精子DNA断片化(DFI)について解説しました。
精子は“見た目”だけでは分からない部分があり、DNAレベルの質が胚発育に影響する可能性があることが知られています。
今回はその続きとして、
精子の「成熟度」に着目した選別方法であるPICSIについて解説します。

● PICSIとは?
PICSIは、ヒアルロン酸に結合する精子を選ぶ方法です。
ヒアルロン酸は、卵子の周囲(卵丘細胞)にも存在し、自然受精の過程に近い環境を再現したものです。
このヒアルロン酸に結合できる精子は

✔成熟している
✔DNA損傷が少ない可能性がある
✔染色体異常が少ない可能性がある

と報告されています。
つまりPICSIは、
機能的に成熟した精子を選ぶための方法と考えられています。

● なぜ「成熟度」が重要なのか?
ICSIでは、見た目が良い精子を選びますが、見た目だけでは精子の機能を十分に評価できない場合があります。
特に重要なのが、DNAの質と精子の成熟度の関係です。
未熟な精子ほど

✔DNA断片化が高い
✔活性酸素の影響を受けやすい

とされており、
DNA断片化が高い精子は、胚の発育(特にDay3以降)に影響する可能性が示唆されています。

● どんな人にPICSIは適しているの?
すべての方に必要な方法ではありませんが、以下のようなケースでは検討されることがあります。

① 胚の発育がうまくいかない方
受精はするものの

✔胚盤胞まで育たない
✔良好胚が少ない

このような場合、
精子由来DNAの質が関与している可能性があり、PICSIが検討されることがあります。

② 精子DNA断片化(DFI)が高い方
検査でDFIが高い、あるいは未熟精子が多いと指摘された場合、
成熟精子を選別する目的でPICSIが有用となる可能性があります。

③ 男性因子がある方
精子濃度低下、運動率低下、形態異常などがある場合、
精子の質のばらつきが大きい可能性があり、選別精度を高める方法として検討されます。

④ 受精障害が疑われる一部のケース
ICSIでも受精しにくい場合、一般的には卵子側の影響が大きいとされていますが、
一部では精子の機能的成熟が関与する可能性もあります。
そのため、
精子選別の工夫としてPICSIが検討されることがあります。
⑤ これまでの治療で結果が得られていない方
複数回の治療を経ても結果が得られていない場合、
「精子の選び方」を見直すという観点からPICSIが選択肢となることがあります。

● PICSIの本質的な役割
PICSIは、受精率の改善を主目的とする技術というよりも、
精子の成熟度やDNAの質を考慮した選別を行うことで、胚発育などに影響を与える可能性がある技術と理解されています。

● PICSIの有効性についての現在の考え方
PICSIは精子の成熟度に着目した技術として期待されていますが、
その有効性については研究結果が一致していないのが現状です。
大規模なランダム化比較試験(RCT)では、
生児獲得率(出生率)を明確に改善するという結果は示されていません。
一方で、
流産率の低下が示唆された報告もありますが、
これは主たる評価項目ではなく、解釈には注意が必要とされています。
また、
すべての方にroutine(標準的に一律)で実施すべきかについては、現在も議論がある段階です。
そのため、
追加費用を伴う治療であることも踏まえ、個々の状況に応じた判断が重要とされています。

● PICSIは先進医療として行われています
PICSIは、先進医療として実施されている技術です。
先進医療とは、
保険診療と併用が認められている新しい医療技術の一つであり、一定の基準を満たした医療機関で実施されています。
PICSIは、すべての方に必要な技術ではありませんが、
精子の質やこれまでの治療経過によっては、有効な選択肢となる可能性があります。
当院では、検査結果やこれまでの経過をもとに、
個々の状況に応じて最適な方法をご提案しています。
気になる方は、お気軽にご相談ください。

● 注意点
• すべての方に効果があるわけではありません
• 生児獲得率の改善については明確なエビデンスが示されていない点に注意が必要です
• 結果の改善を保証するものではありません
• 個々の状態によって適応は異なります
医療においては、
その方の状態に応じた方法選択が重要となります。

● まとめ
PICSIは、精子の成熟度と機能に着目した選別方法です。
DNA断片化とも関連する“見えない精子の質”を考慮するアプローチといえます。
特に
• 胚発育がうまくいかない
• DFIが高い
• 男性因子がある
といった場合に、治療の選択肢の一つとして検討されます。

●よくある質問(Q&A)
Q1. PICSIはDFIが高い人に必ず有効ですか?
A. 必ずしも有効とは限りませんが、成熟精子を選択することで影響を軽減できる可能性が検討されています。

Q2. PICSIは受精率を上げるための方法ですか?
A. 受精率だけでなく、胚発育への影響を考慮した精子選別方法です。

Q3. DFIとPICSIはどう関係していますか?
A. 未熟精子はDNA断片化が高い傾向があり、PICSIはそのような精子を避ける可能性がある方法と考えられています。

Q4. PICSIは誰でも受けた方がいいですか?
A. 必要な方に選択される技術であり、すべての方に推奨されるものではありません。

Q5. PICSIは体への負担はありますか?
A. 体外で行う操作のため、患者様の身体的負担が増えることはありません。

● 参考文献
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